横浜地方裁判所 昭和32年(ソ)6号 決定 1958年5月01日
抗告人 川辺典子
右代理人弁護士 瀬沼忠夫
相手方 木村カネ子
<外六名>
主文
原決定を取消す。
横浜簡易裁判所書記官は、同裁判所昭和二十九年(イ)第一三号土地明渡等事件の和解調書の正本につき、抗告人のため相手方七名に対する承継執行文を付与せよ。
手続費用は全部相手方等の負担とする。
理由
本件抗告理由は、原決定の理由によれば、亡木村清一が横浜簡易裁判所昭和二十九年(イ)第一三号土地明渡等和解事件の和解条項第十項に違背し、賃料の支払を三回怠り契約が解除されているという事件記録添附の各資料を以てする抗告人の主張は、引続き現在に至るまで賃料の支払をなし、抗告人も異議なくこれを受領していること並びに土地の賃貸借契約が解除になつたと主張されている後である昭和三十二年九月になつてさえ抗告人より値上の要求をされ、これが要求に応じ引続き支払つてきている等の川島満津、木村カネ子及び木村功の各審尋の結果に徴し、たやすく認めることはできない。されば抗告人の主張はその証明が充分でないというにある。然しながら執行文は債務名義の執行力の現存を公証するが、実体上の請求権の存否を公証するものではないから、この点は専ら判決手続(請求異議の訴)に譲り、執行文付与に際し調査すべき事項ではない。また前記和解条項第十項違背は、民事訴訟法第五百十八条第二項の債権者が証明書を以てその条件を履行したることを証するときに該当するものではないから、仮りに原決定が認定しているように、抗告人の主張する引続き賃料三回の支払を怠つたため契約は解除されたが、その後引続き賃料を支払つているという相手方等の陳述が真実であるとしても、相手方等の陳述は本件執行文付与をなすに際し、何等の妨げとなるものではなく、ただ執行に際し、異議の事由となるに過ぎない。従つて原決定には、執行文付与に際し調査事項を誤つた違法がある。右の次第で抗告人と亡木村清一間の賃貸借契約は賃料不払を理由として解除され、前記和解条項第十項に基き、右清一に対し強制執行をなし得べきところ、同人は死亡し、相手方等がその相続人であることは原裁判所に明らかであるから、これに対し承継執行文は付与せられるべきであるのにかかわらず、原裁判所が抗告人の異議申立を却下したのは不当であるというのである。
よつて審案するに、本件和解調書によれば、和解条項として、抗告人は横浜市中区伊勢佐木町四丁目百八番宅地二十三坪三勺を期間は昭和二十九年二月一日より向う二十年間、賃料は一ヶ月坪当り三百円、毎月末日限り、その翌月分を抗告人方に持参して支払うべき旨の約定を以て木村清一に賃貸し、同人において右賃料の支払を三回怠つたときは、右賃貸借は通知催告を要せずして終了し、この場合同人は土地又は建物を占有することはできない。従つて自費を以てその所有物件を撤去搬出し、いかなる名義にても抗告人に財産上の請求はできないとの定があること及び右木村清一は昭和三十二年二月五日死亡し、相手方七名が相続人としてその地位を承継したことは、本件記録によりこれを認めることができる。次に民事訴訟法第五百六十条により裁判上の和解による強制執行に準用される同法第五百十八条第二項は一般の挙証責任分配の原則を変更したものということはできないから、前記和解条項において、一般には賃貸人の立証事項に属しない賃借人の賃料延滞の事実のごときは前記法条の条件に該当しないと解すべきである。本件において賃貸人たる抗告人が前記和解調書につき執行文の付与を申請した場合には、裁判所書記官は賃料延滞の事実についての証明を要しないで直ちに執行文を付与すべきものといわなければならない。
右と異なる見解に立つて本件異議申立を却下した原決定は不当であるから、本件抗告は理由がある。よつて民事訴訟法第四百十四条、第三百八十六条、第九十六条及び第八十九条を適用して主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 松尾巖 裁判官 尾形慶次郎 松岡登)